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2006年11月22日

関Blade-mission( 麺Possible)

17日岐阜県関市を訪問した。言わずと知れた刃物のまち。刃物工業会が中心となって地域ブランド創出のためのセミナーを開催、講師を依頼されてのことであった。私は刃物は大好きだが、何も知らないし関に行ったこともない。でもしっかりアドバイスして、刃物工業会の経営者陣に妙に感心され、翌日もナイフではトップブランドのGサカイの坂井社長に会社と自分で建てたナイフミュージアムを案内してもらい、土産に高価なナイフまで貰って帰ってきた。来年は関の刃物まつり40周年だそうで、再訪することになりそうだ。こっちはあくまでオヤジギャグの”切れ味”で勝負するしかないのであるが・・・。

2006年11月13日

賽銭泥棒現る!

富士宮やきそば学会アンテナショップの店先には、ミニチュア神社=「富士山本宮選麺大社」があり、賽銭箱もあるが、もちろん本物の神社でもなくお参りする人も少ない、当然(0とは思わないが)賽銭もちょびっとしか入らない。なのに、賽銭泥棒が現れたのである。それも伝統芸である鳥もちを使ってお金を吊り上げるという方法論である。事務局員が気が付いて騒いだので逃げ出したのだが、運が悪いことにその後本物の浅間大社で賽銭泥をはたらきお縄になってしまったのである。どうせ盗むのなら、たくさん入っていそうな本宮の方へ先に行けばよさそうなものだが、それだけやきそば学会の評価が高い!?ということなのか。ひょっとして私もぼろ儲けしていると思われているのだろうか?勘違いして我が家へ空き巣などに入ってほしくはないものだ。

2006年11月09日

ジョアン

11月4日、東京国際フォーラム、アントニオ・カルロス・ジョビン亡き後、ボサノバと言えばジョアン・ジルベルトだが、ようやく生で聴く機会を得た。変人で有名だが、やはり当日も17:00開演のはずが本人は現れず、18:00近くになって「只今、アーティストがホテルを出ました。」との会場アナウンスに場内爆笑!実際に始まったのは18:30頃であった。あっという間の90分。まさに「歌とギター」、弾き語りとはこういうものを指すのだ。歌に寄り添うようなギター、呟きが歌になってしまう自然さ、誰にもまねが出来ないオンリーワンのパフォーマンス、「ボサノバの神」が乗り移っているとしか思えない世界遺産的音楽である。久々に本物に出会えた喜びについまた飲みすぎてしまった自称「ボサノバギタリスト」=バーデン渡辺であった。

風の富山

やきそばの活動を始めてから急に富山が馴染みの県となった。北陸経済研究所の山崎部長が声を掛けてくれたのがきっかけだが、もう10回くらい訪問している。富山国際大学で講演を依頼された際、羽田から飛行機で行ったのだが、富山空港が強風で飛行機が着陸出来ず、一瞬乗客全員が無口になり、遺言を書いておくべきだったと思う経験をしたことがある。そんなこともあり、今回は電車男だ。ところが、越後湯沢からの北々線が強風で立往生してしまい、何と4時間以上も電車に閉じ込められてしまったのだ。お陰で依頼されていた「全国養鱒振興会」での基調講演には間に合わず、懇親会場である宇奈月温泉ホテル延対寺荘のロビーを使い、宴会前の時間に急遽講演を済ませたのである。「富山は風の国」私の中での定義付けとなった。

2006年11月02日

鱒THE鱒(ますざます)

ニジマスのすり身入り薩摩揚げが発売された。結構う宮ーよ! セレブを意識?して「鱒THE鱒」と命名したが、マスバーガーに続く話題になることを望む。「あーら奥様、今夜のお買い物THE鱒か?」「今日我が家は”鱒THE鱒”にするTHE鱒のよ!」「へー、それってどんなものTHE鱒か?」「富士宮特産のニジマスのすり身が入った薩摩揚げTHE鱒の。DHAやEPAも豊富THE鱒の、うちは受験生がおりますでしょ、偏差値UPにも最適THE鱒のよ。」「じゃあ、ご贈答用にもいいTHE鱒ね?」「今年のお歳暮は”鱒THE鱒”で決まりTHE鱒ね、オーホホホッ!」てなことになるといいのですが・・・。

「辛極」:ゲーテの「神曲」は辛(心)外です!

富士宮やきそばの辛(新)メニュー=「辛極」が発売された。以前から好評を博している辛口やきそばの「激香夏麺(げっこうかめん)」に我が家の畑でとれた純粋青唐辛子を加えた辛さと旨さの究極やきそばである。「食べたら天国、はたまた地獄!これぞ”最後の辛(審)判!」と銘打っている。勿論、「辛極」のネーミングは、イタリアルネッサンスの先駆者であり、イタリア文学の祖と言われるダンテ(ゲーテではない)の「神曲」のパクリである。
今日付けの静岡新聞に大きく報道してもらったのだが、「ゲーテの神曲にちなんで名付けた」と書かれてしまった。私は、ダンテ生誕の地=フィレンツェも2回訪れており、ダンテの生家にも足を運んだことがあり、私の娘はローマ大学で一年間ダンテえを中心とするイタリア文学を学んでいるので、ゲーテと混同するようなことは有り得ない。支局のM島君、私の教養を疑われるような報道はなるべrく無いようにしてね。

2006年11月01日

熱願冷諦

私は一時、言語学者を目指したことがある、言葉に興味があったからだ。今でもそれに変わりはないが、言語学者転じておやじギャグの達人という何とも情けない話である。昨日(10月31日)、静岡県立大学で講義する機会を得た。実は私が言語学に目覚めたのは、元同大学教授で国際関係学部学部長の美尾浩子先生に影響されたからであった。中学のときに静岡市内の先生宅に下宿させていただいき一年間私の弁当を作っていただいた。その後も英語を中心に大学進学に関しても大変お世話になった。国際基督教大学に進学したのも先生のすすめがあったからである。しかし根っからの怠け者の私は大学時代を無為に過ごし学者への道を閉ざしてしまった。先生が55歳という若さで亡くなってから15年の歳月が流れ、ひょんなことで先生と同じ教壇に立たせていただくことになった。生きておられたならきっと、教壇からおやじギャグを飛ばす私に苦笑したに違いない。今、先生の遺稿集である「熱願冷諦」を手にあらためて自分の不勉強を後悔するばかりだ。せめて、今取り組んでいるやきそばがらみの活動を学術的な展開にシフトさせ、少しでも先生の恩に報いなければと思いながら帰りに静岡で飲み過ぎてしまった馬鹿な麺語学者であった。

やきそ芭蕉

10月29日、ねんりんピック2006静岡大会。我が富士宮は俳句大会の会場に。やきそば学会としては
参加者約800名に富士宮やきそばを振舞う。それにしても俳句というのは究極の言葉遊びだ。実際に季語を入れて気の効いた表現というのはおやじギャグの大家を自認する私でも簡単には思いつかない。会場を見渡すと一句ひねろうとして完全に固まってしまっているお年寄りが数多く見受けられた。その妙に寡黙になってしまっている状態がとても理解出来、同情にも似た気持ちになってしまった一日であった。

 「麺の道 筆致俳句で 紅葉狩 (めんのみち ひっちはいくで もみじがり)  やきそ芭蕉